プロフィール
| 生まれ |
1983年 |
| 子供の頃の夢 |
一生子供 |
| クラブ活動(中学校) |
サッカー部 |
| 働いている地域 |
愛媛県 |
出身地 |
愛媛県 |
| 仕事内容 |
魚を仕入れ、寿司を握る |
| 自己紹介 |
マイペースな性格。人に流されない。休日はとにかく家にいないで外に出る。 |
※このページに書いてある内容は取材日(2010年02月25日)時点のものです
仕事人記事

私の店は、祖父の代から35年続く寿司屋です。お寿司の専門店には、お寿司だけをお客様に提供するお店が多いのですが、私の店では肉料理や野菜料理も出しています。季節の旬の食材を使ったメニューもたくさんあり、新しいメニューを考えるのも私の仕事です。お客様には、常連さんや子どもを連れてご家族でいらっしゃる方も多いです。何度も来店して頂くためには飽きさせないことが大切なので、新しいメニューや季節の食材を使ったメニューをいつも考えています。新しいメニューをお客様に出すまでには、何回も試作して店の皆と話し合って、これなら出せると思った物を出しています。プロとして、試作段階の料理は出したくないですね。また、料理を盛る器も工夫して、飾りなどにもこだわり、お客様に目でも楽しんで頂けるような料理にしています。

朝は、9時から今治にある市場へ仕入れに行きます。店のウリは新鮮な魚を食べられることなので、軽トラックの後ろに載せている水槽に魚を入れて、生きたまま仕入れてきます。帰ってきたら、魚・肉・野菜を切ったり、茹でたり、調味したり、お客様にすぐ出せるように下ごしらえをします。そして、15時頃からカウンターや座敷の掃除をして、17時からお店を開けます。22時の閉店まで、毎日20人くらいのお客様が来られます。お客様が帰られて、片付けが終わるのが23時くらいになります。休みは火曜日ですが、お客様から予約が入れば店を開けています。忙しいのは、連休中やゴールデンウィーク、お盆、年末年始と3月の歓送迎会の時期です。ただ、クリスマスの料理は"チキン"というイメージがあるためか、12月24・25日は少し暇になります。

仕事で困ることは、天気が悪くて漁師さんが漁に出られない日が続くことですね。魚の仕入れができないのですが、これはどうすることもできません。また、私は楽しみながら仕事をしているので、仕事の苦労は特に感じません。仕事上で大変なことや苦労があるのは当たり前ですからね。野菜を仕入れている地元の農家さんの所へ行って野菜の収穫を手伝うこともありますが、しんどいというより楽しいです。最近は、農家さんと協力して新商品の開発や仕入れについて話し合っています。それから、仕事での失敗は時々あります。例えば、ほうれん草を茹ですぎて一番美味しい状態を逃してしまったり…悔しいですね。

食事が終わった後、お客様に「また来るね」とおっしゃって頂けると嬉しいですね。やっぱり、料理を食べて頂いて「おいしい!」と言って頂けると幸せです。他にも、「綺麗で食べるのがもったいない」とおっしゃってくださったお客様がいました。最近は、お寿司と言えば回転寿司というイメージができて、寿司専門店が減ってきています。だからこそ、寿司専門店の本物のお寿司を伝えていきたいと思っています。

お客様は、家で食べるのではなく、わざわざお金を払って店に食べに来てくださっています。お客様は店に期待して来られているので、その期待を裏切らないように最高の料理を出せるようにしています。「来てよかった」「また来たい」と思って頂けるように、料理を一番美味しい時に出して、気持ちの良い接客をするように心掛けています。私の店には、35年前から代々続く梅干しや秘伝のうなぎのたれがあります。これまで受け継いできた物を、これからも変わらずお客様に出せ続けたら良いなと思います。

小さい時から自分は寿司屋の子だという意識はありましたが、店を継ぐことは考えていませんでした。でも、代々受け継がれて築かれてきた物を自分も守りたいと思いました。もし、自分の家が35年続く老舗のラーメン屋だったらラーメン屋になっていたのかなぁ(笑)。高校を卒業した後、お店で修行をしながら調理師免許を取る方法もありましたが、私は料理専門学校に1年間通って免許を取りました。専門学校を卒業後、大阪にあるホテルで洋食を作っていました。ホテルでは大量の料理を一度に作っていたので、子どもの時から感じていたものづくりのイメージとは違っていました。だから次は、松山にある和食のお店で4年くらい修行しました。お店の大将も私が寿司屋の跡継ぎだということを知っていたので、厳しく指導してくれましたね。たくさんの技術を学ぶことができ、家族のありがたさも知ることができました。大将には今もとても感謝しています。そして西条に帰ってきて、もうすぐ3年が経とうとしていますが、毎日仕事を楽しみながらやっています。

子どもの頃はサッカー少年でした。いつも元気で病気になった記憶がありません。性格は穏やかで、少しませていたかもしれません。例えば、将来の夢を考えたとき、サッカーが好きでしたが、サッカーでご飯は食べれないし・・・と。仕事は自分の苦にならないことをしよう!嫌々はやりたくないと思っていました。今は、自分の興味のある生物学や歴史について勉強したいですね。仕事ができることの幸せについても感じたいなと思います。

人生の半分の時間は仕事をしているので、自分が楽しみながらできる仕事を見つけてください。嫌な仕事に就くと損だな、って思いませんか?自分が楽しいことを見つけるために、色々な場所へ行ったり、たくさんの人に会ったり、色々な経験をしてください。経験することで、自分の興味があることに気付いたり、自分なりの考え方が持てるようになったりします。そして、自分の能力や才能に気付くことができるかもしれませんね。苦労することは当たり前と考えて、楽しくできる仕事を探してください。
取材・原稿作成:西条市商工労政課 加藤
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