
| 生まれ |
1965年 |
| 子供の頃の夢 |
プロ野球選手 |
| クラブ活動(中学校) |
野球部 |
| 働いている地域 |
愛媛県 |
出身地 |
愛媛県 |
| 仕事内容 |
いちごを育てて、販売する |
| 自己紹介 |
小さい頃から野球をしていた。負けず嫌い。 |

※このページに書いてある内容は取材日(2009年02月09日)時点のものです


私の仕事は、いちごを大切に育てて販売することです。とれたてのおいしいいちごをその場でみんなに食べてもらえるようにいちご狩り農園も営んでいます。"ひのいちご園"はいちごの実が出来る12月から5月末くらいまで開園しています。園長としての仕事は、朝からいちごを収穫したり、いちごが実をつけるために必要なみつばちの世話をしたり、ひとつひとつの実に多くの栄養を行き届けるために小さい花や余分なつぼみを摘み取ったりする作業などがあります。いちごの世話ばかりでなく、いちご狩りに来た人の接客をしたり、毎日の売上やいちごの世話にかかった費用などの計算を表にしたり、いちごの販売の営業に出掛けたりもします。主に農園で直接いちごを販売していますが、デパートや地元のスーパーやコンビニ、また大阪など県外の野菜ソムリエにもいちごを卸しています。

年間スケジュールとしては、3月にいちごの苗の親株を植えていきます。9月までに段々と苗を増やしていって、ある程度まで苗が育ったら、暖かいビニールハウスに苗を引越しします。10月には、白い花が咲いて、いちごの実がなりはじめ、11月の末ぐらいからいちごを採り始めます。だいたい、11月末から5月末ぐらいまでいちごを収穫します。だから3月から5月までは新しいいちごの苗を育てる事と前の年に植えたいちごの収穫が重なって、大忙しですよ。

いちごは他の果物と違い、とってから時間をおいても味は良くなりません。摘んだその時から味は落ちていってしまいます。ですから、一番おいしいいちごを食べてもらいたいので、発送日の朝まで摘むのを待って、摘みたてをすぐにいちごの花と一緒に箱詰めをして送っています。いちごの種類は「さちのか」・「紅ほっぺ」「さがほのか」「あすか」「みずき」などその年によって様々なものを作ります。摘みたてのいちごの甘さはビックリ!しますよ。あまり農薬を使わないで育てて、どうすれば美味しくなるのかいつも研究し続けています。だから、私が育ててきたいちごには自信があります。摘みたてのいちごのやさしい美味しさに、きっと満足できると思いますよ。

いちごを一度食べた人が、また注文してくれた時に喜びを感じますね。農園に来てくれるお客様と言うのは、いちごだけを目当てにきてくれて、それ以外の理由はありません。人は美味しいものに出会うと、人にあげたくなります。そして、それをもらった人が「この"いちご"美味しい!また食べたい!」とまた注文をしてくれた時にやりがいを感じます。

いちごは味が美味しくなるように作ると、あまり量がとれずお金になりません。逆にたくさんのいちごを作ろうと思ったらお金にはなりますが、味が落ち、2回、3回と買ってくれる人もいなくなってしまいます。私は、たとえ少ない量でも味を第一に考え、いちごの味を大切にしていきたいですね。人より美しくておいしいモノをつくりたいと言う"こだわり"はあります。そして美しさと味でビックリさせたい!!それがこだわりですね。

この仕事を選んだ理由は、家が農家だったということが一番大きいですね。でも跡を継ぐにしても親の跡をそのまま継ぐのではなく自分が好きなものを作りたいと思いました。それがいちごでした。やはり自分の好きなモノだと、味が良くなる為の研究や努力も惜しみません。お金を稼ぐことができる・できないは別にして、人が真似できないところまで努力したい!それがこの仕事を選んだ理由ですね。

子どもの頃は農業があまり好きではなかったですね。農業の手伝いをするのが嫌で、他の人に見られるのが恥ずかしかった事を覚えています。その反動で中学・高校は野球ばかりやっていて、将来はプロの選手も夢見ていました。でも、自然と親の後姿を見ているうちに跡を継がないといけないと思うようになり、どうせ継ぐのなら早い方がたくさんの事を覚える事ができ、たくさんの事に挑戦できると思い、大学卒業後に家を継ぎました。

「苦労をしよう!!」勉強だったり運動だったり、何でも構わないんです。いろんな事に打ち込んで苦労を経験して下さい。生きている以上、絶対につらいことはあるので、皆さんにもいろいろなことから逃げないで立ち向かって欲しいと思います。嫌なことにぶつかった時に逃げないでそれに立ち向かうことができた時、その努力が自分の力になります。苦労の積み重ねが人を成長させ、自分自身を幸せにもするのだと思いますよ。
取材・原稿作成:株式会社西条産業情報支援センター 矢野