プロフィール
| 生まれ |
1974年 |
| 子供の頃の夢 |
ジャッキーチェンになりたかった |
| クラブ活動(中学校) |
野球部 |
| 働いている地域 |
愛媛県 |
出身地 |
鳥取県 |
| 仕事内容 |
口や耳のリハビリを手伝う |
| 自己紹介 |
なまけもので楽しいことが好き。娘とギターとバイクをこよなく愛する。 |
※このページに書いてある内容は取材日(2010年06月10日)時点のものです
仕事人記事

言語聴覚士とは、コミュニケーションや食べることに問題がある方に、専門的サービスを提供し、自分らしい生活を構築できるよう支援する専門職です。リハビリテーションという言葉は聞いたことがあると思いますが、手や足のリハビリテーションではなく、主に口や耳に関連したリハビリテーションを行なう専門職と言えば分かりやすいかと思います。ただ、表面的には、およそ口や耳辺りの問題と言っていますが、その原因は様々です。生まれつき脳に何らかの原因があって問題が起こる方、ある時までは問題はなかったのに病気をきっかけに問題が起こる方、あるいはそれらの問題が起こってしまっていることでさらに別の問題が起こる方等、一人一人違います。言語聴覚士は、そういった問題自体やその原因を分析し、そしてその人の今後を予測して、具体的な支援をしていきます。仕事の内容に「食べることの問題」があるように、患者さんがご飯を食べている時を中心に出向き、「どうすれば今よりうまく食べることができるのか」等といったことを考え、実践し、再検討していきます。より具体的に言えば、食事の姿勢を調整したり、食事の形を柔らかくしたり、といったことを検討します。もう一つの仕事内容として「コミュニケーションの問題」を挙げています。「頭では分かっているのに言葉が出てこない」「発音がはっきりしない、耳が聞こえにくい」「人と関わりたいのに、どうすれば良いのか分からない」等といった問題に対しても、分析・訓練・再検討を重ねて支援していきます。この「コミュニケーションの問題」については非常に難解であり、いつも私の頭を悩ませている問題でもあります。

私は今、病院のリハビリテーション部門で働いています。入院や外来通院しておられる患者さんで言語聴覚士のリハビリが必要な方に対し、時間は制限されていますがリハビリ支援を行なっています。時間は8時30分~17時15分まで、昼休憩を挟んで仕事をしています。私個人としては、約1年前より外来通院にて小児リハビリテーション(多くの子どもさんの場合はハビリテーションと言いますが)にも力を入れ始め、現在は1日の半分から3分の2の割合で子どもさんのリハビリを実施しています。
常にリアルタイムで訴えをくみ取り、導くことが難しい

「コミュニケーションの問題」を仕事として扱う以上、コミュニケーションに難しさのある人なりの発信を受け止め、それは一体どういう意味の訴えであったのか、といったところまで分析しなければいけません。表面上は誰が見聞きしても全く同じ言動であった場合でも、その言動が発された状況や前後の状況、その人の表情、身振り等、すべての要素を総合して判断し分析します。その結果、私がその場でとった反応が、実は相手の意図をくみ取れていなかったという失敗があります。常にリアルタイムで訴えをくみ取り、導くべき方向へ支援できれば良いのになあ・・・と、日々悪戦苦闘しています。しかし、ここまで述べてきたことは、実はコミュニケーションに問題のない(あるいは問題はないと思い込んでいる)人同士の場合でも十分当てはまることでもあると思います。
本人や家族の方と一緒に喜べる瞬間がある

私が担当している患者さんが、試行錯誤を重ねながらも、少しずつでも良い方向に向かっていることが分かった時は、実に嬉しくやりがいを感じます。その変化が、たとえリハビリによる効果であると言い切れない場合でも、私がそこに居合わせ、患者さんやご家族と一緒に喜べる瞬間があることは、非常にありがたいと感じます。

仕事をする上で大切にしていることは、患者さんに対してはもちろん、同じ職場で働く同僚同士においても、一定の礼儀をわきまえることです。私が親しみを込めたつもりで、ニックネームで呼んだり敬語を使わなかったりした時に、相手は口や態度には出さなくても、不満を持つことがあるかもしれません。特に相手が話すことや聞くことに難しさを感じている方となると、相手は文句を言いたくてもうまく伝えられず、プライドを傷つけられ続けてしまうという結果になりかねません。社会福祉士など、カウンセリングが専門の同僚を見ていると、非常に言葉の使い方が上手で、見習わなければならないなと思います。

この仕事を選んだ理由は、一言で言えば「なりゆき」です。私は紆余曲折しながら20歳で大学に入学し、卒業後に運良く一般企業に就職できました。ただ、私はその当時熱中していたバンド活動に忙しく、仕事は単に生活する為のお金を得る手段であり、はっきり言ってどんな仕事でも構いませんでした。しかし、私の父親が余命数ヶ月であることが分かり、急激に自分の人生を変えなければいけない衝動に駆られました。そんな時、妻に紹介してもらった言語聴覚士の方と話をしたのがきっかけで、29歳で専門学校に入学し、31歳で今の仕事に就きました。だから「なりゆき」です。私は特別な信仰心はありませんが、これは運命的な「なりゆき」と感じています。多分、父親が私を導いてくれたんだと思います。こうした事情で、私は年齢の割に仕事の経験年数は多くありませんが、これまでの人生で得た様々な経験が、今の仕事にも役に立っていることは間違いありません。
沢田研二とジャッキーチェンに夢中

保育園児の頃は沢田研二に、小学生の頃はジャッキーチェンに夢中でした。常に自分が「かっこいい」と思うものに熱中し、いつもそれに充たされていたいという思いが大きかったのを覚えています。この傾向は、娘を持つ頃まであまり変わりなかったと思います。あと、小学3~4年生までは、3つ年上の兄の後について行ってばかりで、よく空き地で野球をしていました。当然、兄とは実力差があるので私は思い通りにいかず、かんしゃくを起こして近所のおばさんにからかわれる、という結構面倒くさい子どもでした。それでもまた次の日には兄についていってしまうのは、同年代より実力の高い場所で遊んでいる(実は兄に遊んでもらっていたのですが)という優越感があったのだと思います。思い返してみると、可愛げのない子どもですね。

周りの大人から見ると「くだらない」と評価されるようなことでも、その時自分が夢中になってやっていたことは、たとえお金には変わらなくても、すごく大切な宝物になると思います。今目の前にある受験や恋愛、部活動やその他諸々、夢中になれるのなら何でもやってみることが大事ではないでしょうか。私のように、20歳を過ぎても真剣に将来を考えず過ごし、30歳を過ぎてやっとやりがいを感じる仕事に就ける人間もいます。すぐには気付かないかもしれないけど、色々な経験の中に、仕事選びのヒントがあるかもしれません。私は「なりゆき」でしたが(笑)。
取材・原稿作成:平成22年度西条高校職場体験実習生 丹下・江利
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