
| 生まれ |
1954年 |
| 子供の頃の夢 |
指揮者 |
| クラブ活動(中学校) |
剣道部 |
| 働いている地域 |
東京都 |
出身地 |
東京都 |
| 仕事内容 |
オーケストラを指揮する |
| 自己紹介 |
性格は安定していると思います。休みの日も次の仕事のことを考えているので、仕事の中で様々な音楽に触れ、気持ちの切り替えをするようにしています。 |

※このページに書いてある内容は取材日(2008年11月14日)時点のものです

オーケストラの監督、演出家

指揮者は、映画監督やお芝居の演出家のような仕事です。例えば、映画やお芝居なら、セリフが書かれた台本があって、それをどんな風に俳優に演じてもらうか考えて指示をする映画監督や演出家がいます。指揮者は、作曲家が書いた楽譜という台本を、どんな音楽にしていくか(例えば、ゆっくりしたテンポで音の強弱をハッキリつけた情熱的な演奏か、速いテンポのスピード感ある演奏かなど)を考えて、オーケストラを「指揮」していくんです。映画監督や演出家と違うところは、オーケストラと一緒にステージに上り、お客さんの前に登場することですね。

指揮者の仕事は、コンサートの前から始まっています。例えば、家では演奏する曲についての研究をしています。楽譜を正確に読み取ることはもちろん、作曲家やその曲が書かれた時代背景など、たくさんの本を読み、どんな風に演奏するかを考えます。また、コンサートの前には、リハーサルがあります。オーケストラが伴奏して歌を歌いながらお芝居もするオペラでは、本番の数ヶ月前から、オーケストラによる演奏だけのコンサートでも、数日前からリハーサルは始まります。リハーサルで指揮者は、「今回、私はこの曲をこういう感じで演奏したい」という意図や思いをオーケストラのメンバーに伝えます。そして、曲全体を短いパートに区切ったりしながら、メンバー一人ひとりが演奏する音を聞き分けて、「もっと大きく」「少し速く」など、細かく指示をして、本番でその音が出せるようにしていきます。

オーケストラのメンバーはいつも同じメンバーとは限りません。そこで、「今回、私はこの曲をこういう感じで演奏したい」という意図を、きちんと伝えるために、メンバーの性格や力量に合わせて伝えかたを変えていかなければなりません。例えば、学生オーケストラの場合、楽器の演奏のテクニックにも踏み込んで指導していく必要があります。超一流のオーケストラの場合は、私が求める音をただ出すだけなら簡単にできますが、音楽は生き物です。メンバーが気持ちよく演奏できなければ、音楽は死んでしまいます。ふつうに演奏するだけではでない音を出してもらうためには、メンバーのやる気を引き出していくことが重要です。これが難しいんですよね。メンバーという細胞のひとつひとつを活き活きさせて、やる気と技術を引き出しながら、自分の望む音を演奏してもらうのはとても難しい。プロのオーケストラと一緒に仕事をする場合は、音楽的な知識はもちろん、リーダーシップ、人格など、「人としての力」も求められます。
1年でホテルに150泊!体力も必要な仕事。

コンサートでは普通は複数の曲を演奏しますし、J-POPや歌謡曲の人と一緒に、演奏することもあります。タイプが異なるいろいろな曲の演奏をしなければなりませんし、明日の曲のことも1ヶ月先の曲のことも考えていますから、お風呂や食事中でも、ずっと曲のことを考えていますね。また、コンサートは日本全国で行われるので、ステージ衣装やものすごくたくさんの楽譜を抱えて、旅先でも勉強しながら1年でホテルに150泊ぐらいしますから、体力も必要な仕事なんですよ。

コンサートなどで、メンバーと気持ちを一緒にして、私の望む音、あるいはそれ以上の音を引き出せたときの嬉しさは、何事にも変えられません。ときには、メンバーやお客さんから、「もうこの世にいないベートーヴェンが、ステージに降り立ったかのようだ」といわれることもあります。とはいっても、何年に1回くらいしか経験できないくらい、味わえない経験ですけどね。でも、指揮者は何年かに1回、こういう経験をすることがあるんです。で、こういう経験をしていると、「勉強したり、いろいろ苦労もあるけれど、また舞台に上ろう!」と思います。

20代、30代のころは、指揮者としてやっていけるか悩みました。年上で経験も豊富なオーケストラのメンバーに「自分のやりたい音楽を演奏してほしい」と言わなければなりませんから、なかなかうまくはいきません。練習に行くのが本当にイヤで、毎日、お腹が痛くなっていました。でも、そういう毎日を過ごすうちに気づいたのは、「心を開く」ということでした。「みんなに自分のいうことを聞かせよう」ではなく、「僕はまだ未熟ですが、一生懸命勉強して、こんな風に演奏したいと考えました!」という姿勢になり、自分がミスをしてしまったときには、ごまかさないで、「すみません」と謝りました。そうしているうちに、だんだんと信頼してもらえるようになりました。また、指揮をする以外の仕事をする機会にも恵まれたことも、いい経験になったと思います。たとえば、自分が指揮をする予定がないときに、他の大先輩の指揮者のリハーサルを見学したり、譜面係と一緒に楽譜のチェックをしたり、会場でバランスを聴いたり、オーケストラの中でピアノやチェレスタを弾いたりしたこともあります。こういった経験のおかげで、現在の「心を開いて人に接する」というスタイルが身についたんだと思います。

子どもの頃は、スポーツばかりしていました。小学校のころ、草野球に夢中になっていて、「ピアノの練習しなさい」と母親によく連れ戻されました。ピアノはずっとやっていたのですが、ひとりで演奏するのがなんだか孤独で、あまり好きではありませんでした。そんなある日、オーケストラのコンサートに行って、指揮者がたくさんのオーケストラという仲間と一緒に楽しそうにカッコよく演奏しているのを見て「指揮者になりたい!」と思って、指揮者を目指すことにしました。
早く好きなものを見つけて、一生懸命やり続けてほしい

私が20代の頃から指揮している曲は、同じ曲なのに50代では感じ方が違ってきます。指揮者は、人間的な力を求められるという意味でも、一生勉強を続け、成長しなければならない仕事です。でも、だからこそ、80歳、90歳になって指揮棒を自由に振れなくなっても、存在感だけで指揮をして、素晴らしい音楽を演奏することができます。一生を賭けるに値する、とてもやりがいある仕事だと思います。私は、こういう魅力的な仕事に、小学生のときに出会いました。これを読んでいるみなさんも、早く好きなものを見つけて、一生懸命それをやり続けてほしいと思います。
取材・原稿作成:あしたね取材チーム
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