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プロフィール

生まれ 1975年
子供の頃の夢 サッカー選手(海外)、商社マン 
クラブ活動(中学校) サッカー部 
働いている地域 神奈川県 出身地 神奈川県
仕事内容 サッカーをする
自己紹介 生まれ:クウェート。育ち:横浜市。周りをなごやかにさせる・楽観的・前向き。 

※このページに書いてある内容は取材日(2006年05月23日)時点のものです

仕事人記事

子供の頃(ころ)、Jリーグはありませんでした

子供の頃(ころ)、Jリーグはありませんでした

(ぼく)が小学生、中学生の(ころ)は、テレビでサッカーといえば週に一度。海外リーグの試合を放映ほうえい)する30分の番組だけでした。小学生の(ころ)はそれを見て、海外の選手はすごいなぁ、(ぼく)もサッカー選手になりたいなぁと思っていました。でも、サッカー選手になるには外国人にならないとできないな?(こま)ったな?なんて考えていたんです。

 

中学受験を失敗してわかったこと

中学受験を失敗してわかったこと

小学生からサッカーを始め、今の横浜(よこはま)F・マリノスの前身である日産自動車のサッカーチームに2年間通っていました。家からサッカー場も近かったので試合もよく見に行きました。(ぼく)にとって(あこが)れの企業(きぎょう)チームでサッカーができたし、有名なコーチにも教えてもらえて、おまけに選抜(せんばつ)チームにも入れた。サッカーってやっぱりいいなぁ!と充実(じゅうじつ)の毎日でした。そして、中学校の受験に合格(ごうかく)すれば、日産自動車のサッカーチームのユースチームに入ろうと思っていたんです。でも、受験失敗!この時からです。現実(げんじつ)をきちんと受け止めるようになったのは。何かをやるためには、ちゃんと準備(じゅんび)をしておかないとダメだということを知りました。サッカーと同じように、受験だって準備(じゅんび)しなければ成功するはずがない。振り返(ふりかえ)ってみれば、サッカーばっかりで勉強していなかったんですね。

 

サッカー部はイヤ、バドミントン部へ

サッカー部はイヤ、バドミントン部へ

結局、地元の公立中学に進みましたが、サッカー部には入りませんでした。(ぼく)が入った中学のサッカー部は、坊主(ぼうず)にしなくちゃいけない、(じゅく)にも行ってはいけないという(きび
)
しいところ。(ぼく)は、高校は絶対(ぜったい)に受験に受かって、自分が希望するところに行きたいと思っていたので、サッカーだけやってちゃダメだと思い、バトミントン部へ入りました。まわりの友達からは、おまえサッカーうまいんだからサッカー部に行け!とすすめられましたけど、(ぼく)坊主(ぼうず)も、(じゅく)にも行けないのもイヤだ、と。そうしたらサッカー部の先生が来て、(じゅく)には行っていいから、明日から坊主(ぼうず)にしてサッカー部に来いと言ったんです。で、ほとんど無理矢理に1年の後半からサッカー部へ入りました(笑)。その(ころ)の友達とは今でも仲がいいのですが、(おれ)たちがすすめなかったら、今のおまえはないと言われています。中学時代も市の選抜(せんばつ)選手に選ばれたりはしました。でもね、(ぼく)よりうまい人たちがゴロゴロいたんです。これで全国になったら、もっともっとうまい選手がいっぱいいるはず。だから、将来(しょうらい)サッカーの道なんて、とても無理だと思ってました。

 

夢はテレビや雑誌などの仕事をすることだった

夢はテレビや雑誌などの仕事をすることだった

中学当時はサッカーのプロチームはなかったし、うまい人はたくさんいるし、特にサッカーで上を目指そうとはまったく思わなかった(ぼく)。その(ころ)将来(しょうらい)はテレビとか、雑誌(ざっし)などに関わる仕事がやりたいなと思っていました。でもサッカーは大好きだから、やっぱり楽しい。サッカーは受験勉強の合間のリフレッシュという感じで、続けてはいました。そして、高校へ。中学時代は一生懸命(いっしょうけんめい)勉強したので、希望の高校に進むことができました。高校でもサッカー部に入り、ここにきて、初めてサッカーを「考えて」プレーするようになったんです。それまではリフティングが何回できたとか、ドリブルがうまくなりたいとか、自分が思うままボールを()っていました。でも、高校時代、大学とグラウンドが同じで、大学生と一緒(いっしょ)に練習や試合をする機会があって。大学生からサッカーを学ぶことで、サッカーの本当のおもしろさについて真剣(しんけん)に考えるようになりました。

 

みんなが導(みちび)いてくれたサッカー

みんなが導(みちび)いてくれたサッカー

大学もサッカー部へ入部。この大学が強くて、Jリーグへ進む先輩(せんぱい)たちも数多くいました。が、一方、ふつうに就職(しゅうしょく)活動をして会社へ入る先輩(せんぱい)たちもいましたね。(ぼく)は両方の道を考えていました。Jリーグから声をかけてもらいましたが、普通(ふつう)に友達と一緒(いっしょ)就職(しゅうしょく)活動もしましたし。すごく(なや)みました、会社員となるのか、サッカーのプロとして生きて行くのか。サッカー選手の選手生命は短く、活躍(かつやく)できなかったら、戦力外となってしまう(きび)しい世界です。(ぼく)振り返(ふりかえ)りました。いまこうしてJリーグから声をかけてもらっている。サッカーをこれまで続けてこられたのは、小学校の時に出会った有名なコーチ、中学時代にサッカー部を(すす)めてくれた友達、高校のときに教えてくれた大学生・・・そういう人たちのおかげだ。みんながサッカーを続けるよう(みちび)いてくれたんだ。(ぼく)はみんなからサッカーをやらせてもらっている。これは自分にとってかけがえのない財産(ざいさん)だから、これからもサッカーを通して自分は成長して行くべきだと。そして、(ぼく)はプロを選んだのです。

 

自分との戦いの毎日

自分との戦いの毎日

Jリーグの選手って、試合のない日は何をしていると思いますか。遊んでいる?いえいえ、毎日毎日練習です。試合に向けて、1日2時間半ほどチームで練習。その後は選手それぞれが自分で考えたトレーニングメニューをこなしたり、ケガを治したり、休養したり、食事をとったり。一人一人が自分のカラダと相談しながら、計画を立てて、試合に向けて万全の状態(じょうたい)に持っていきます。(だれ)かが練習内容(ないよう)を考えてくれるわけでも、(だれ)かが休みなさいと言ってくれるわけでもないのです。あくまでも自分で自分をコントロールする。チームとの契約(けいやく)は約1年間。この(かぎ)られた時間のなかで成績(せいせき)を出さなければ、もう次の年は契約(けいやく)をしてくれません。ケガをしても同じです。(なま)けたら、契約(けいやく)が切れて生活できなくなる。本当に(きび)しい世界なのです。サッカー選手一人一人が、みんな他の人に負けないように、チームの勝利のために、自分を(きた)える。自分との戦いの毎日。それがプロなのです。

 

いいプレイをすることだけが仕事じゃない

いいプレイをすることだけが仕事じゃない

(ぼく)は、プロのサッカー選手として、いいプレイでみなさんを感動させることはもちろんですが、もっとサッカーという競技(きょうぎ)のおもしろさや、サッカーを通じて自分が学んだことを世の中に伝えていくことも、大切だと考えています。Jリーグのチームは、チームのある地域(ちいき)の人たちが、応援(おうえん)してくれたり、お金を(はら)って試合を楽しむために見に来てくれることで成り立っています。だから、(ぼく)たちがサッカーを通してなに貢献(こうけん)できることをしていくことが、そんな地域(ちいき)のみなさんのためでもあり、チームのためであり、ひいては自分のためであると、最近思っています。

 

準備(じゅんび)をすること、今も実践(じっせん)中!

準備(じゅんび)をすること、今も実践(じっせん)中!

いま、プロとして10年目。もうチームのなかでは2番目の年長となりました。好きなサッカーを続けてこられて、毎日が充実(じゅうじつ)しています。本当に楽しいです。試合に出るために、毎日練習を重ね、自分の身体のコンディションを整える。中学受験で学んだ「何かをやるためには、ちゃんと準備(じゅんび)をする」ということを今でも実践(じっせん)しています。試合のために、いつから何をしなくてはいけないのか、日頃(ひごろ)どんなことをしないといけないのか、逆算(ぎゃくさん)して考えて、準備(じゅんび)しています。成果を出すためには、事前の準備(じゅんび)こそが大事なんです。みんなも、どんな道に進むにも、やると決めたら、それを達成するためにどうすればいいか考えて、事前に準備(じゅんび)をきちんと行ってみてください。それが達成への道だと思いますよ。

 

取材・原稿作成:山本(インターンスタッフ)

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