
| 生まれ |
1973年 |
| 子供の頃の夢 |
科学者 |
| クラブ活動(中学校) |
音楽部 |
| 働いている地域 |
東京都 |
出身地 |
兵庫県 |
| 仕事内容 |
薬を開発する |
| 自己紹介 |
とにかく何もせずに負けるのは嫌(きら)いです。諦(あきら)めが悪いのは子供の頃(ころ)からですね。義理や人情を大事にすることも、小さい頃(ころ)から心がけていることです。休日はのんびり街中にでかけたり、逆に人のあまりいないところに行ったりしています。休むということは頑張(がんば)るために必要なことだと考えているので、目一杯(いっぱい)休むことにしています。※このページの写真は仕事の内容を想像しやすくするために選んだイメージ写真であり、ご本人の写真ではありません |

※このページに書いてある内容は取材日(2006年11月08日)時点のものです


僕の仕事は、新しい薬を世の中に送り出す仕事です。薬が病院や皆さんの手に届くまでには、実はすごく長い年月がかかっているんですよ。世の中に薬を出す為に、まず「創薬」といって、効果が期待できる物質を探して動物に効果があるかどうかを試します。その後、「治験」といって、動物で効果があった物質が人間にも効果があるかを確かめます。そして、その結果を国(厚生労働省)に伝えて、国がそれを薬として認めたら、ようやく「薬」として広く皆さんに使ってもらえるようになります。国は国民の健康と安全とを守る義務があるので皆さんが安全に使える薬かどうかを厳しくチェックをしているんですよ。

新しい薬を人に投与して効果を確かめる仕事から、「薬」として国に認めてもらうまでの仕事を「臨床開発」というのですが、僕はその臨床開発の仕事をしています。僕の仕事は大きく分けて4つあります。日本全国の病院に行って行う仕事が2つあって、お医者さんに新しい薬の説明をして治験を行ってもらう仕事と、治験でわかった効果などをお医者さんに報告書に書いてもらって、その報告書に書き忘れや間違いがないかを確認する仕事です。あと2つは会社の中での仕事で、お医者さんへ説明する為の資料を作る仕事と、国に薬として認めてもらう為に必要なたくさんの書類を作る仕事です。

臨床開発の仕事は、まだ薬として認められていない物質を患者さんに投与して、その効果を確認してくれるお医者さんを探してお話するところから始まります。まず電話で「こういう病気を治す薬を開発してるんですが、協力してもらえませんか」と話をして、興味を持ってもらったら直接話をしに行きます。そこで、その物質の効果や患者さんへの投与の仕方などを詳しく正確に伝えます。初めて人に使う物質なので、万が一、何かあった場合にどのように対応するかについても詳しく説明して理解してもらいます。実際に患者さんに薬を投与してカルテに記録するのはお医者さんの役割なのですが、こまめに連絡をとってうまく進んでいるかどうか確認します。その後、国の許可をもらう為に、お医者さんが書いた「この物質をこういうやり方で人に投与したら、こういう結果がでました」という報告書を、患者さんのカルテと見比べながら確認します。もし、その報告書とカルテとが、違う表現で書かれていたり、書き忘れがあったりしたら、お医者さんにそれを伝えて書き直してもらったりもします。

日本全国の病院に出かける以外のほとんどの時間は、会社の中でパソコンに向かって書類を作っています。初めて人に投与する薬なので、事前にその病院の環境がしっかり整っていることを確認するとか、新しい悪い影響がわかったら、何日以内に全国の病院に知らせるとか、いろいろな決まりがあって、決まりに応じてたくさんの書類を作る必要があるんですよ。でもたくさんの細かい決まりは、患者さんに安心して薬を使ってもらう為に必要なことばかりなので、絶対に守らないといけません。僕が少しでも確認を忘れてしまうと、せっかく患者さんに協力してもらった治験の結果が認めてもらえない場合もあるのです。とても大変なのですが、患者さんの命を守って安全に薬を開発できるかどうかは僕の仕事にもかかっているので、大変でめげそうになっても頑張らなくちゃという気持ちになります。

お医者さんとうまくコミュニケーションがとれて、仕事が順調に進んでいる時も嬉しいですが、僕の仕事の一番のやりがいは「この薬を世の中に出せばたくさんの患者さんが喜んでくれる」と思えることです。以前、今までの薬では効かなかった菌をやっつけられるというのが特長の感染症の薬を開発していて、それを小児科で投与していたのですが、今まで肺炎が治らなかった子が3日間ですっかり良くなったんです!その時には「いい仕事ができたな」と思いましたし、この薬が使われて多くの人の病気が治ることを考えて、すごく嬉しい気持ちになりました。
僕は「医学で人の役に立ちたい!」と思って、この仕事を選びました。小さい頃から科学者になりたいと思っていて、大学院で「酵母がどうやって近くにある栄養をみつけるのか」という研究をしていたんですが、偶然大学院の教授から、「人が足りないから看護学校で微生物学の非常勤講師をしないか」という話をもらって、1ヶ月くらい徹夜で勉強して講師をすることにしたんです。その時に、昔はこんな病気があったけど新しい薬ができて治るようになった、とか、この病気はまだ治らないとか、病気の歴史や現実を知ったんですね。実は小さい時に野口英世になりたい!と思っていた時期もあったのですが、だんだん科学そのものへの興味が増して、そういう気持ちを忘れていたんですが、その頃からまた人の役に立ちたいと思い、臨床開発の仕事ができる製薬会社に就職しました。

どんなにつらいことがあっても、「僕の仕事は世の中の役に立つんだ」と信じることを大切にしています。法律を守ったり、報告書のものすごく細かい部分を書き直すようにお医者さんに頼んだり、たった30分間お医者さんと話しをするために何時間もかけて移動したり、大変なことはたくさんありますが、そういう小さいことの積み重ねが、将来の患者さんの健康や安全を守る為にあるのだと思っています。実際には患者さんに会うことはできないのですが、カルテや報告書の先に患者さんがいるということを絶対に忘れないようにしています。本当に忙しくて、しんどくなってしまった時にも「自分の子どもや家族にも勧められる安全な治験になっているか?」と考えて最後までがんばっています。
小さい頃は、生意気な子どもでした。とにかく理系の本と伝記の本が大好きでたくさん読んでいました。やりたいことは何でもやりましたね。例えば、化石の本を読んだ時には、僕も化石を見つけたいと思って、父親に「僕は化石を見つけていろいろ勉強したい。だから週末に化石を探しに行こう!」といって山や川に行ってひたすら地面を掘ったり、ライト兄弟の伝記を読んだら、飛行機を作りたい!と思って割り箸をご近所から集めて、ナイフを使って作ってみたりしていました。その時は怪我をして血を流してしまい親にすごく怒られましたけどね(笑)。いろいろなことに興味を持ちましたし、興味を持ったことは全部やっていました。今でもそれは変わらないですね。
とにかく迷わずに自分のやりたいことをすぐにやってみて下さい。人はそれぞれ何か自分の大好きなものや得意なものを持っていると思います。それが見つかるまで片っ端からいろいろやってみて下さい。あと、保護者の方や友達といっぱい話をして欲しいですね。僕は父親とは科学の話をたくさんしましたし、母親とはよく政治の話をしました。思ったことを人に伝えるってすごく大事なんですよ。近くにいる人達と「こう思ったんや」とか、「なんで?なんで?」と話して欲しいなと思います。ひとりだけの殻に閉じこもってしまうのはもったいないし寂しいですし、自分のやりたいことって、自分で見つけることよりも人からのちょっとした刺激で見つけることって多いんですよ。
取材・原稿作成:熊谷・中川(インターンスタッフ)