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愛媛県西条市の仕事人

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みき兄
だいく
大工
みきにい
みき兄

プロフィール

生まれ 1953年
子供の頃の夢 社長 
クラブ活動(中学校) 卓球部 
働いている地域 愛媛県 出身地 高知県
仕事内容 木材で家の柱や梁を組む
自己紹介 休日は狩猟しゅりょうに行っている。とりかかりが早く、後に残すのがきらい。 

※このページに書いてある内容は取材日(2010年03月23日)時点のものです

仕事人記事

家を建てる

家を建てる

わたしは家を建てる仕事をしています。家の構造こうぞうの種類には木造もくぞう鉄筋てっきんコンクリート・鉄骨てっこつがあり、わたしは主に木造もくぞうの家を手掛てがけています。主な仕事内容ないようは、設計図せっけいず通りの寸法すんぽうに木材を切って柱やはりを組む「み」や、ゆか天井てんじょうかべなどの工事です。愛媛えひめ県の新居浜にいはま市・西条さいじょう市で年間1~2けん新築しんちくを建てていて、その他に松山市や、時には高知県や兵庫県など県外に行って仕事をすることもあります。わたしの会社は二人で仕事をしていて、わたしが工事内容ないようの見積もりと実際じっさいの工事を行い、事務じむ的なことはわたしおくさんが担当たんとうしています。いそがしい時には職人しょくにんさんに応援おうえんたのみます。最近では家の外部やキッチン・トイレなどを増改築ぞうかいちくする、リフォームの仕事が多くなっていますね。

材料の加工をして現場げんばで作業する

材料の加工をして現場(げんば)で作業する

家を建てる時には、まず下請したうけ業者さんと打ち合わせをします。それから、始めに家の基礎きそを作るので土建屋さんと打ち合わせをします。それと同時にわたしも切り組みをします。「建前たてまえ」と言って、主な柱やはりの組み上げを終えると、屋根工事に入ります。そして、まどやサッシを入れます。次に外部の下地を仕上げて、内部の工事をします。ゆか天井てんじょうかべなどを造作ぞうさくし、クロス屋さんやペンキ屋さんが工事をできる状態じょうたいにします。完成して住めるようになるまでには4ヶ月くらいかかります。また、一日の仕事の流れとしては、朝7時から7時半の間に自宅じたくとなりにある作業場に出て、その日に使う材料の加工をします。それから必要な道具をそろえて工事現場げんばに向かい、現場げんばでの作業が一日中続きます。作業は大体17時半から18時までに終わります。雨がると外で作業はできないので、「造作材ぞうさくざい」と言って、鴨居かもい敷居しきいまどわくなどを作ります。木材は四国内から仕入れていて、自分の目で見てから購入こうにゅうし、くぎをあまり使わない方法で建築けんちくしています。

責任せきにんを取ること

責任(せきにん)を取ること

家を建てる時は、クロス・屋根・左官・基礎きそ工事の仕事をしているそれぞれの職人しょくにんさんと一緒いっしょに仕事をします。わたし責任者せきにんしゃなので、苦情くじょうが来ると全て責任せきにんを取らなければいけません。色々いろいろなことがあるので工事後の維持いじ修理しゅうりにも気を使っています。でも、お客さんに喜んでいただけるので、あまり大変だと感じたことはありません。

喜んでもらえる

喜んでもらえる

増改築ぞうかいちくをすると、古くなった所をキレイにすることができます。「こんなにキレイになった」とお客さんに喜んでいただけるとすごくうれしいです。自分がつくった物がずっと形として残ることがほこりです。家は建ててから15年~20年くらいつと、洗面せんめんやトイレ、風呂ふろなど水まわりがいたんできます。以前建てた家のお客さんから補修ほしゅう改修かいしゅうをお願いされると安心します。

手抜てぬきのない工事

手抜(てぬ)きのない工事

家の建築けんちくでは、表面だけではなく土台からしっかりとつくり、手抜てぬきのない工事をすることが大切です。手をかないことにより仕上がりも綺麗きれいになります。お客さんから、「丁寧ていねいつくってもらっているから、いつまでもキレイなままだ」と言われるとうれしいです。今では、機械が色々いろいろな仕事をしてくれますが、わたしが仕事を始めたころはそうした機械がなく、セメントとすなを一日中スコップでぜたり、バケツや一輪車で運んだりしていました。この経験けいけんがあったからこそ、辛抱しんぼうすることや仕事のやり方などを勉強できたのだと思います。

高等技術ぎじゅつ訓練校に行きたい

高等技術(ぎじゅつ)訓練校に行きたい

中学を卒業して、大工専門せんもんの高等職業しょくぎょう訓練校に行きたいと思っていました。中学のころは高知県に住んでいましたが、その学校が愛媛えひめ県にしかなかったので、工務店こうむてんに住みみで昼間は大工の見習いとして働き、夜は学校に通い設計せっけいや法令の勉強を3年間しました。仕事は大変でしたが、親元をはなれていたので、途中とちゅうで辞めたいとは思いませんでした。帰る所が無かったことも一つの理由かもしれません・・・。一緒いっしょに勉強する同級生がいたことも良かったですね。一人前になるまで大工さんから仕事をもらっていました。

野山をめぐっていた

野山を駆(か)け巡(めぐ)っていた

小学生のころ愛媛えひめ県と高知県のさかいに住んでいました。友達と一緒いっしょに遊ぶことが好きで、勉強は苦手でした。木登りをしたり走り回ったりしていました。野山をまわっていた記憶きおくしかないくらいです(笑)。山にあった小学校は大きく、同級生もたくさんいました。小さいころからあまり病気をしたことがなく、元気な子どもで大人しくしていることが苦手でしたね。大工の職人しょくにんになってから、テーブルやイスなど物を作ることが面白くなり、大好きになりました。

一生懸命いっしょうけんめいする

一生懸命(いっしょうけんめい)する

分からないことはずかしいことではありません。どんなにえらい人でも、初めから何でも分かるわけではありません。大工の仕事は、他の職人しょくにんさんがしている仕事の流れをきちんと知っておかなければいけないので修行しゅぎょうは欠かせません。本を見て分からなくても、人が作業していることを見て覚えることができます。り返しすることが大事です。努力すること、そして何よりも一生懸命いっしょうけんめいに取り組むことが大切だと思います。

取材・原稿作成:西条市商工労政課 加藤


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