プロフィール
| 生まれ |
1952年 |
| 子供の頃の夢 |
測量士 |
| クラブ活動(中学校) |
卓球部、陸上部 |
| 働いている地域 |
愛媛県 |
出身地 |
愛媛県 |
| 仕事内容 |
郵便局で郵便・貯金等の商品を売る |
| 自己紹介 |
中学生の時に父親を亡くし母の苦労を見ているので、我慢・忍耐力はあると思います。趣味はゴルフですが、最近は仕事が忙しくてコースへ行けないのが悩みです。 |
※このページに書いてある内容は取材日(2009年10月27日)時点のものです
仕事人記事
郵便・貯金・生命保険・カタログ販売

皆さんは郵便局へ来たことがありますか?以前は国が郵便局を運営していましたが、平成19年10月に「民営化」といって民間の会社に変わり、仕事の内容毎に、郵便局会社・郵便事業会社・ゆうちょ銀行・かんぽ生命という4つの会社に分社化されました。私の勤務する西条西田郵便局は、商品の販売やサービスの提供を行う郵便局会社に当たります。民営化されてもお客様は、郵便・貯金・保険・カタログ販売(お取次ぎサービス)等、民営化前と同様のサービスを利用ができます。私が働いている西条市内には、規模の大小はありますが20の郵便局があり、それぞれ地域社会の発展を目的としています。「地域とともに歩む郵便局」を作っていくことが理想です。

郵便局の勤務時間は8時50分から17時35分までですが、私は8時に出勤して朝の掃除や準備をしています。私の勤務する西条西田郵便局には預金の募集を担当する渉外社員はいませんので、窓口でのお客様対応が中心になります。窓口の営業時間は郵便が9時から17時、貯金・保険が9時から16時、ATMは9時から17時半です。利用者の大半が地元の方ですので、ほとんどのお客様の顔と名前が分かります。私の勤務する地域では、近年高齢化が急速に進展しています。今後、ますます進む高齢化社会の中で、郵便局が地域に安心を与え、使い勝手の良いものにできたらいいなと、日々努力しています。
地域に根ざした身近な金融機関として・・・

郵便局会社は営業の会社です。郵便・貯金・保険・物販等それぞれの事業に営業目標があります。冬は年賀ハガキ、お歳暮の販売に全力を挙げています。最近若い世代の人達が、年賀状を出さないでメールで年末年始の挨拶を済ませるようになっているので、どうやったら若い人達にも年賀状を書いてもらえるかということも課題です。実は2008年からは「キャラクター年賀」というディズニーキャラクターを使った年賀ハガキの発売を始めているんですよ。また、お金を扱う仕事なので緊張感を持って仕事をしています。昔は仕事が終わったらお金を手作業で数えていたのですが、今はお金を機械が数えて出してくれるので随分楽になりました。最後に帳簿に書かれた金額と手元にあるお金が合えば一日の仕事が無事に終わったという感じです。年末年始と、年度末である3月は忙しいです。

色々な人と知り合うことができ、声を掛けて頂けることがこの仕事の魅力ですね。お客様から「お世話になりました」「助かった」とお礼の言葉を言われた時も嬉しいです。また郵便局にも切手やハガキや物販の売り上げ、保険の契約数などの目標があります。これらの営業目標を達成した時にもやりがいを感じます。それから地域密着型の郵便局なので、お客様が郵便局に入って来た時に、顔と名前が分かります。エプロン姿で来て頂いたり、世間話や相談など気軽に利用して頂いたりすると嬉しいですね。

仕事をしていく上で、お客様との信頼関係が一番大切だと思います。金融機関には、郵便局だけではなく銀行や信用金庫などがあり、お客様はそれらを自由に選ぶことができます。その中で郵便局を利用して頂くためにも、正確な取り扱いをしてお客様を裏切らないようにしています。そして、丁寧な対応を心掛けて、郵便局のファンを増やせるように努力しています。たまにクレームなどもありますが、真剣に受け止めて信用を無くさないようにしています。クレームがあるということはそれだけ郵便局に期待をして頂いているということだと思うので誠実に対応しようと思います。

最初は郵便局に就職するつもりではありませんでしたが、父が中学生の時に亡くなり、私が就職をして家を出ると母が一人になってしまいます。「母を一人にすることはできない」と思いながら家計を支えるためにアルバイトをしていた時に、郵便局の試験があることを偶然知り、応募したことがきっかけでこの仕事に就きました。以前は資格が無くてもほとんどの業務ができたのですが、今は「証券外務員」という資格が無ければ保険や金融商品をお客様に勧めることができません。その他にもお勧めする商品に応じて資格が必要になります。子どもの頃は測量の仕事がしたいと思っていました。

私は山で育ちました。ちょうど幼稚園制度が始まった年で小学校の隣にできた幼稚園に通いました。小学校の同級生は16人で、中学校の同級生は32人でした。とても小さい学校で、全校でも児童・生徒は100人くらいでした。現在では私が通っていた学校は廃校になりました。学校の行きや帰りに野山を駆け巡っていたのは良い思い出です。男友達5、6人で木登りをしたり、柿やいちじくなど季節の果物をよく取りに行ったりしました。仲間とソフトボールもしましたね。小学低学年の頃には山でもテレビが普及し始め、テレビがある家に地区の皆で集まって見に行きました。もちろん、家の手伝いも良くしましたね。

今はメールや電話で簡単に連絡ができます。そのため手紙離れが多くなっています。「手紙文化」というのは日本独特の物ですから日本人の心としてずっと残していって欲しいです。手紙を受け取った時は、メールとは違った喜びがあります。また、手紙を書くことにより文章表現もうまくなります。後で見た時に、「あの時はこんなことを思っていたな」と楽しかった事を思い出せます。ぜひ、皆さんも夏休みに暑中見舞いを出したり、冬休みに年賀ハガキを先生や友達に出したりして、休み中も元気で頑張っているということを伝えて欲しいですね。
取材・原稿作成:西条市産業振興課 加藤
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