プロフィール
| 子供の頃の夢 |
医師 |
| クラブ活動(中学校) |
音楽部 |
| 働いている地域 |
愛媛県 |
出身地 |
愛媛県 |
| 仕事内容 |
味噌を作り、売る |
| 自己紹介 |
出しゃばりなおばさん。ストレスはおしゃべりで発散。おいしいものをおっかけるのが生きがい。 |
※このページに書いてある内容は取材日(2010年09月29日)時点のものです
仕事人記事
代々受け継がれた味噌の味を伝える

私は大きく分けて、味噌汁用の味噌と、おかずとして食べる金山寺という味噌を作っています。味噌汁用の味噌は、米味噌、麦味噌、混合味噌を作っています。材料は、米味噌は米と大豆、麦味噌は大豆とはだか麦、混合味噌は米・大豆・小麦・はだか麦を使います。はだか麦は地元の西条市が日本一の産地なので、もっと西条市の名前を広めたいなぁと思ってはだか麦を使って味噌を作っています。元々混合味噌を祖母も母も代々家庭の味として作っていました。母はその味を残したいと味噌作りを教えてくれました。その作り方で今も作っています。その他にもナスのからしこうじ漬け、柿ようかん、柿巻きといった地元・西条で取れる食材を使った商品も作っています。希望者には味噌作り講座を開くこともあります。

私の味噌は「麹」ができるのに48時間かかるので、その前後を挟んだ4日間単位で仕事をします。麹とは、蒸した米や麦などに麹菌を入れて寝かせたもので、味噌だけでなくお酒や醤油などを作る時にも使います。混合味噌を作る場合、1日目の夕方から大豆以外の材料を洗い、夜になると水に浸します。2日目の早朝から材料を蒸し始めます。蒸し上がったら人肌に冷まし、麹菌を振って揉みこみ、布にくるんで「室」にいれます。室とは、麹菌を付けた材料を入れて、菌が繁殖しやすい温度になるまで置いておく場所です。室に入れた材料は、外の気温が27~30度の時は24時間位で温かくなって、手を入れると熱いかなと思うようになります。そうなったら室から出して、布を広げて冷まします。そのまま24時間程すると、麹菌が繁殖して材料を白く覆い、固まって麹ができます。出来上がった麹はほぐします。麹をほぐす日の朝、大豆を練炭で約半日かけてじっくり炊きます。大豆が炊き上がったらミキサーに入れてペースト状にして、ほぐした麹・塩・湯冷ましを合わせて瓶に入れます。瓶に入れた後、夏場なら2~3か月、冬場なら6か月くらいで味噌が出来上がります。この4日間の作業は重労働で、大豆を炊く練炭は火を調節しないといけないので目が離せません。

材料は生産者の"顔"が見えるものを使うようにしています。地元の周桑平野で取れているもので安心安全なものを使っています。どんな生産者の方が作った物かちゃんと分かるものばかりです。材料の調達や生産者との交渉などもします。お米や大豆は知り合いの農家さんから仕入れたり、はだか麦の精麦はできる機械が限られているので、業者の方にできる方を紹介してもらったりました。今は私1人で仕事をしているので大変なことも多いですが、農家の方や業者の方などたくさんの方に支えられて、安全で美味しい味噌を皆さんに届けることができています。手間や時間をかけることが避けられている時代に、手間暇をかけて味噌作りができることに生きがいを感じてがんばっています。

「美味しい!」と言ってくださった方から口コミで広がり、「○○で売ってみてはどうですか?」と声をかけてくださる方も増えてきました。県や市が特産品を販売しているアンテナショップに置いて頂くこともあります。この間も東京のアンテナショップに置いて頂いたところ、突然、茨城県の方からファックスが届いたんです。その方はたまたま東京に出張に来て、私の味噌を買ってくださったそうです。帰って奥様と食べられて、「とても美味しくてあなたのお味噌に出会えて幸せだった。また買いたい。」とファックスをくださいました。他にも、お土産としてもらったという大阪の方から「お味噌が欲しい。」と連絡を頂きました。とても気に入って頂けたようで、定期的に購入して頂いています。このように全国にたくさんファンができるのはとても嬉しいです。

味噌作りは手間や時間がかかります。味噌は生き物なので、作り手の気持ちが伝わるように思います。何か嫌なことがあった時は、気分を変えて味噌に接するように心がけています。「良い子に育ったね。」とか「美味しくなるんだよ。」と声をかけながら作ります。子育てをしているようなものですね。あとは暦を見て"大安"や"友引"、そして"午の日"に仕込みができるようにしています。昔から午の日は「うまい味噌ができる。」と言われているそうです。できるだけ良い日に仕込みをしたいので、暦のチェックは欠かしません。味噌作りは、"育てている"という感覚なので、上手に美味しい味噌ができた時は本当に嬉しいです。

以前60歳以上の男性を対象に料理教室をしていました。そこで我が家の味噌を使って料理を作ったところ、「この味噌美味しい!」「作り方を教えてほしい!」と皆さんからおっしゃって頂き、公民館で味噌作り教室を始めることになりました。そのうちに、友達が「材料にもこだわってみてはどうか。」と、地元で取れたはだか麦を持ってきてくれました。それを使って金山寺味噌を作りました。その友達がご近所にお裾分けをしたところ、それをたまたま食べた県の職員さんから、「はだか麦を全国に広めることができると思うので、起業してみませんか?」というお話を頂きました。家族に話したところ、賛成してくれると思っていた母も夫も大反対!しかし最終的には作業場を準備して協力してくれました。家で作った味噌が身近な人たちに喜んでもらってどんどん広がり、西条市の名前をもっと広めるために役に立てるかもしれない思った時、「やってみよう!」と思いました。

小さい頃はガキ大将のような子どもでした(笑)。誰とでも友達になれる、活発で怖いもの知らずの女の子でしたね。近所の小さな子どもたちを集めて、習ってきた音楽をおもちゃのピアノで弾いて教えたこともありました。小学校は児童数が多くて、お昼休みに校庭で思いっきり遊ぶことがあまりできなかったので、自分の家の庭でドッヂボールをしたり、女の子だけで我が家の納屋に集まって将来の夢を語り合ったりしていました。私の将来の夢は「医者」になることでしたが、実際は「栄養士」の道に進みました。

今の子どもたちはすぐに手に入るものばかりを食べているように思います。簡単で手軽に食べることばかりでなく、本当の味を知って欲しいです。生きていることの基本は食べること。味覚は、小さい頃に本物の味に触れることで磨かれます。手間や時間がかかるかもしれないけれど、手作りの味を大切にして欲しいですね。そして、ものを作ることに喜びを感じ、創造力豊かな子どもになって欲しいです。食べること、作ることの楽しさを知って、家庭の味、地域の味を残していって欲しいと願っています。
取材・原稿作成:西条市商工労政課 宇佐美
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